Doubt everything.
感 情 廃 棄 物
いいだろ イヤイヤ さようなら。
2008年 08月 21日 (木) 00:09 | 編集
PHS紛失しました。
もう金曜の話なんですけど、どこに聞いても、警察に届けても出てこないって事は多分もうずっと出てこないでしょう。
というわけで、多分二、三日中に機種変します。
で、したら多分再度お知らせするので、すみませんが私とアドレス交換して下さってた方は再度連絡先を教えて頂けると嬉しいです。これを機に絶縁したいとかだったら無理にとは言いませんが。
因みに一応ロックはかけてたので、アドレス帳に登録されてたデータが流出することは無いとは思います・・・。
お手数おかけしますが宜しくお願いします。



私がなんで臨床心理学とか仏教を身につけたいかといったら結局、自分の哲学の発展のためだと思う。
なんつうか、自分が何に騙されてるのかを見極めたいんだよね。出来るだけ遺伝子に翻弄されたくない。割とドーキンスの利己的遺伝子論っぽいところがある気がする。


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2008年 08月 13日 (水) 22:48 | 編集
注文してたACIDMANの創のスコアが届いたよ。わーい。
まずは“赤燈”あたりから弾き語れるようになってみようかなーとか思ってたけど、わー、パラパラ見ただけだけどどれもこれも難しそう☆
・・・ま、まあステップアップすると思って頑張ります・・・。一人で何とかなるんかな、これ(←弱気になってる)


最近は本格的にKREVAが好きになってきました。いつかライブ行くかも。

KREVA - スタート(PV)



ホントは後悔しないよう
キミにぶちまけたいのさ何もかも
でもしない何も 幸せを祈るだけ
言うことはもうない何も
もうと言うよりもともとないのかも
そうだ第二章を今ここで始めよう
スタート・・・


怒りとか悲嘆とか諦め、色々入り乱れてて、多分混乱もしてるんだろうなと感じるんだけど、でも「幸せを祈る」と言うところが良い。
今この曲が一番好きなんだけど、何気なくPV見てみたら思いがけず素敵だなと。
「キミがいなくなる」の部分の、一瞬だけ入る両手で顔を覆った悲痛な絵や、「幸せを祈るだけ」と手を合わせ強く目を閉じてたり、なんかメロディはポップでへたするとサビなんて能天気な感じにも聞こえるのに、歌い方が(まあPVではあるけれど)エモーショナルで。
またこれがラブソングじゃないってところがいいと思うんだ。

正直この分野はまだまだ異文化って感覚が拭えないのですが(手の動きとか気になる・・・w)、前も書いたけどこの人はギャングスタ思想が殆ど見えないのと(でもその分言ってることも曲もポップスに近いなとは思う)、あと人を食った感じがいい。唇の端だけ曲げてにやっと笑う感じ。
そのユーモラスな感じとか、受け答えに見え隠れする頭の回転の速さ、なんていうかそういうのって私のとても苦手な分野なので、勉強してみるの、いいかもね。

しかし元から考えてはいたけど、HIPHOP聞いてるとますます「歌とは何ぞや?」と考えてしまうな。
バンドや楽団の中でもひとつだけ違うじゃない。音だけじゃなくて、言葉という意味そのものを纏っていて、ってことはその両方の良い点と悪い点を持ってるんだろうなとか。ラップはなんていうかリズムに比重を置いてる感じでどっちかというと意味を意識させずするすると耳に入ってくるので今まで自分としては楽器に近い存在だったんだけど、好きになったらまた認識が変わるかもな。

「 テオーリア故 言葉音に染めて 」、か。



メールをする。お茶をする。手をつなぐ。どこからが浮気?

> どこからが浮気か考えた時点で浮気

ああ、これはわかるかも。
でも考えてみたら私は他人を所有できると信じて疑わない人間が嫌いだし自分でも思ってないので、浮気という概念自体あってないようなもんかなと思いました、まる
つうか私女友達が殆どいないので世の女性の皆さんお手柔らかにお願いします・・・!遊ぶ人がいなくなる!



■ ゲージツの話
> はっきりいって、マンガを描くヤツなんてものは、一般誌も「ガロ」も問わず、どっかで歯車が狂ってりゃ宮崎勤のごとき犯罪的行為に及んだり、精神病院のお世話になるようなやつ(他に業が深い、という言い方も可)が圧倒的に多いんだから、そんなのがピュアな心根でマンガ表現に挑み、自己探求とか自己鍛錬に打ち込めば、自ずと世間とは必ずしも折り合わぬ、奇異な作風、奇異とよぶほどでなくても、そいつ独自の世界が拓けてしかるべきもんだと私は思いますね。
> でも、そんなのは極端なはなし、てめえの内臓や排泄物を人前にさらけ出すような部分もあるんで、健全なる善男善女には全然喜ばれません。

確か京極堂シリーズの魍魎の匣だったか鉄鼠の檻だったかに、小説家の関口君が「自分の小説は排泄物のようなものだと思ってる」って言ったら身近にファンがいてそう口に出したことを後悔する、みたいなシーンがあったけど、実際問題私もそうだと思うけどね。だって芸術作品なんて要は生の残滓でしょ。ただそれに価値を見出すかどうかは人次第、見出してくれたなら嬉しい、有難う、それでいいじゃない、と思うんだけど。

あと、本当に人を感動させる芸術って人を動かすと思うんだよね。同じジャンルとは限らないけど、美しいものを見たら自分も美しいものを作ってみたくなる、そういうのが自分の中での芸術の基準かなあ。まあ私はあんまりアートには興味ないですが。
美術ならそれなりに解るんだよ。授業で教えられるようなことには納得できない部分もあるけど。でも芸術は、わかんないね。

このブログは、芸術でもなんでもないけど、内臓で、排泄物だと思います。
でもたまに拍手してってくれる人がいるのは嬉しいです。何故なら晒して失ってるものもあるから。ありがとうございます。
焼けた。
2008年 08月 10日 (日) 23:29 | 編集
赤い。
真っ赤!い、痛い・・・
明日にはこんがりになるかしら。
第二回ねこ祭り
2008年 08月 03日 (日) 21:17 | 編集
その前に昨日見つけた面白い動画。

Wrestlers need a chair and fans deliver

レスラーが「凶器に使うから誰か椅子をよこせ!」って言ったら、客が悪ノリしてパイプ椅子の雨に・・・
途中明らかにレスラーが困ってるところが面白いw
「STOP THE CHAIR!」ってアナウンスも初めて聞いたぜ!流石プロレスファンはわかってるな。

では祭りは記事の続きから、はっじまっるよー\(^o^)/

電波頭
2008年 08月 03日 (日) 20:42 | 編集
考えてみたら、タバコと音楽と火、って、まるでネイティブアメリカンの儀式用具一揃いって感じですね。
まあでもこないだの木曜にまた哀さんと会った時もちょっろっと話したんだけど、多分私の音楽との付き合い方ってマイ宗教だよな、と思う。自覚はあるw
私は神を持たないしあの世とかも信じてないし、「この良さを人にも解ってもらおう」なんてことも思わないし、流石に普段は何も考えずに聞いてるけど、場合によっては意図的に意識変容とか、そういう目的で聞いてる。
あの数年前の大阪で見たnilのライブでの“We cry”の、あの天井が高くなるような感じ、あれが忘れられないんだ。
知ってる中では特にNINの“the frail〜the wretched”がそういうのと相性が良いです。意識が先鋭化する感じで。外界から切り離されて、音が底の方まで入ってくるような。
境界例の特徴として「自分と他人との境界線が分からない」ってのがあるそうだけど、そういうのも関係あんのかもね。
かがみさんが昔日記で書いてたけど、悟りやなんかが生理的な問題ってことは十分有り得るって現役の僧侶さんも言ってたし、実際色んな宗教儀礼で音楽かけたり、或いはそれで踊ったりしてるわけだし(仏教は音楽は駄目らしいけど)、やっぱりそういうのを引き起こす機能ってのは音楽にもあると思う。歌はそもそも原始宗教の儀式で使われたのが始まりじゃないかみたいな説も読んだことがある。
今現在身の回りで音楽とそういう付き合い方をしてる人を私は少なくとも直接は知らないけど、一昔前の外国には結構いたんじゃないかな。ドラッグがないとプログレの良さは分からない、みたいな話を聞いたことがあるけど、既に音楽そのものがドラッグの役割を果たしうる気もするけど。
そういう時間と場と状況があったら、音楽と精神の関係についてもちょっと研究してみたいかも。

あとちょっと違うけど、こないだ渋谷をRADIOHEAD聞きながら歩いてたら人や電飾なんかがものすごくペラッペラに見えて怖くなった。人が人に見えないというか・・・安っぽいカキワリのようで、なんつーか「うわ、なんか変なものが大量にもそもそ動いてる・・・」って感じか?
私RADIOHEADは“No Surprises”以外歌詞を全く知らないので完全に歌というか音の影響だと思うんだけど、本当なんなんだぜ。

ACIDMANはなんか、聞いてると「こんなに美しいものがまだ世界に存在したのか」、と思うようになってきました。マイ宗教。
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2008年 07月 31日 (木) 19:32 | 編集
夜とタバコとロックの組み合わせはいかんな。ふと死を思ってしまう。
ぼんやり浮かぶ火をぼやけた頭で見つめながらヘッドホンでNINとかRADIOHEADを聞いてると、引きずり込まれるのも悪くないかと思えてくるね。
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2008年 07月 29日 (火) 21:58 | 編集
今週のスケットダンスを読んだらまたもや無性にギターが弾きたくなったので、昨日からちょろっと手をつけてるSOPHIAの“Lucifer”の続きを練習してみる。
・・・二日合わせて一時間もしないで大体弾けるようになった。なんだろう、こなれてきたのか?
にしても10年前聞いてた曲を、今自分が弾いてる、って、本当なんか変な感じ。別にそんなつもり無いのに、時間を手繰り寄せたみたいで。

ZIGZOの“何から何まで”もそうだけど、自分で弾いてみると、曲調の所為もあってか音のひとつひとつが染み込んでくるかのようで、重い。或いは何か目の前に突きつけられてるみたいな感じがする。
まあでも当然か、その振動そのものを私が産んでるんだから。

「 いつか辿り着くなら教えてよ 本当は何を僕は歌えばいいの? 」

って、私が口にする資格はあるのかな、とか思いながら歌ってみた。

しかしボッスンたちの演った“FUNNY BUNNY”が入ってるHAPPY BIVOUACはいいアルバムですな。聞いた事ある中では一番好きなアルバム。収録の“カーニバル”がピロウズの曲で一番好きですよ。こう言える日がきたらいいな、と思って聞いてる。
大体、言えるようになりたい言葉とか、言ってもらいたい言葉が多いのかもね、身の回りに置くのは。
nilの“金星”なんかは言って欲しい言葉、かな。もらえるなら、私も生きていけるかなあと思えるので。

ACIDMANにも早く手を出したいなー。実は今知ってるバンドの中で中で一番カッコイイと思ってるかもしれない。
なんか今までに無い付き合い方をしているんだよね。歌詞を読むのもそこそこに、流れ込んでくる音に動かされてる感じで。でも歌詞も好き、っていう。

「 感覚を刺せ! 果たせるか?声 歪んで結構だ 共鳴音鳴らせ 」

って、歌って見える景色はどんなもんだろう?

あとRADIOHEADもちゃんと聞いてみたらかなり好きになれそうな感触。まだOK COMPUTERしか聞いてないけど、“KARMA POLICE”が今お気に入りかな。全体的に静かな諦念が漂っているようで、重くて好み。ちゃんと前の機会に聞いとけばよかったな。そしたらもっと違う話も出来たかな。ごめんなさい。
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2008年 07月 27日 (日) 11:50 | 編集
最近周りが仏教づいてて面白い。
私が仏門に入ることをそれなりに真剣に考えてたのは昨年末だけど(結局門を叩くのはやめて勉強するだけにしたけど)、なんで同時期に身の回りでそういう動きが出てくるんだろうね。二年前たまたま選んだこの部屋が大正大に自転車で通える場所にあったこととか、もう色んなことを勝手に縁だと思っておくことにするw
特に屋根裏さんのサイトブログが、私が考えてることとか興味があることとかがかなりピンポイントで載ってて面白い。
あと親鸞についての記事にある、

・他人に慈悲を与えて幸せにするよりも、まず自分が幸せになれ
・親孝行はする必要はない。自分が幸せになれば親も自然と幸せになる。

この二つは個人的に大事かなあと思った。
私は好きな人にくらい幸せでいて欲しいと思うので、だから束縛するのは嫌なんだよねえ。好きにして欲しい。でもそれをやってると大体私なんかと一緒にいて誰かが幸せになれるとも思えないので、多分ずっと一人だと思うw
あと逆に「お前のため」って名目のもとに束縛されるのも嫌い。私のためになるかどうかは私が決めること。
でもそういうこと言う人って自分では気付いてない上に、指摘すると怒るから困るんだよね。
「その人のため」である前に、「その人のためになりたい自分のため」であることを分かってれば腹も立たないんじゃないかと思うんだけどね。


ところで私が何で唯一神教を好まないかといったら、多分人を殺すからだよなと。
自分(或いは自分+信仰を同じくする者)だけが幸せになればいい、信仰の敵は殺す、これが嫌なんだけど、なんか改めて考えたら自分がそんなピースフルなことを考えてることに驚いた。
啓典の宗教、特にイスラム・ユダヤの戒律なんかが厳しいのはそうでないと一族皆死に絶えかねない環境で生まれた教えだからってのも分かるんだけど、果たして科学が発展して人が自然死するリスクが相当に軽減された現代で、その状態を維持する必要があるんかなと。
前にそんな風な内容のコメントをつけてくれた人がいたけど、やっぱり宗教も時代に合わせて変わらないといけない点もあるのかな。やっぱ最終的には“皆で幸せになる”ってのが最高だと思うんですよ。現時点でそれが可能かどうかはさて置きね。

「あいつが幸せそうなのに自分が辛いのは許せないから引き摺り下ろしてやる」←これは駄目。誰も得しない。
「あいつが幸せそうなのに自分が辛いのは何故だろう、自分がああなるにはどうしたらいいだろう」←こうあるべき。
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