感 情 廃 棄 物

Doubt everything.


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absolve

ds_vlcsnap-264272.jpg「 無理して生きてる事もない 」
という一言が、ひどく心地良く感じた。
ゆるゆると全てを赦すようで。
「 治さなくていいよ 」
っていうあの歌のようで。
少なくとも私にとっては。
死んでしまいたいと思う瞬間が確かにあるということをすら赦してもらえるなら、
生きていけるかもしれないな、と思った。

御伽噺なんだろうけど、さ。


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「 ゆるされたいなあ 」
と、アトモスフィアの帯には書いてあった。

「 ふざけんな 」
という言葉からそれは始まる。
だけど“わたし”はそれを頭の中で思うだけで、決して実際に口に出すことは無い。
“わたし”は言う。

「 『 ふざけんな 』
 なんてことを私が決してわたしが言わないのは
 あらかじめ全てを赦してやってるからだ。
 わたしがわたしのために。 」

わたしが傷付かないために。
“わたし”はすべてを赦して 「 やって 」 いる、ということで安寧を得る。得ようとする。

稀に揺らぐ瞬間もある。
「 怒るなら今だ。こばむなら・・・。 」
けれど結局、彼女は「 ふざけんな 」と、口にはしなかった。

独白。
「 あはははは。
 わたしは怒ってなんかやらない。
 君にもわたしにも誰にも本気になんかなったりしない。
 ざまーみろ。
 ざまーみろ。
 ざまーみろ。 」

突然家にやってきてセックスだけして帰っていく恋人に、
「 今日はありがとう。 」
と言って送り出した後、DSで遊びながら“わたし”はひとりごちる。

「 なーにが 『 ありがとう 』 だよ?わたし。
 ばーか。
 あはははははは。 」

“わたし”はよく笑う。
乾いた笑い。感情を伴わない、寒いくらいに空ろな。

そして救い難いことに“わたし”はその空ろに気付き乍らやっているのだ。

「 わたしが 『ふざけんな』 って君に言わないのは、
 誰よりもふざけているのはわたしだからだ。 」


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「 赦す 」という言葉の意味を考える時、いつもPiCNiCを思い出す。
「 信じる者は救われる。俺はもう救われた 」
そう言って世界の終わりを特等席で見るために意気揚々と病院を飛び出したツムジは、しかし道中、突然の雨に打たれることで意識に蘇ってきた過去に怯え、泣きじゃくりながら言う。

「 駄目なんだ。たとえ神様が赦してくれても、あいつは赦してくれないんだ 」

しかし“あいつ”は決して彼を赦すことはない。
何故ならツムジが赦しを請うべき“あいつ”は彼が殺したのだから。

決して手に入らないものを求めて彼は踠く。

ならば彼はどうすれば赦されるのか。
単に認識の問題に還元すればいいのか。
事実はどうでも、ツムジが 「 赦された 」 と思いさえすればそれが赦しなのか。

「 あたしがあんたの罪を洗い流してあげる 」
そうココに言われた後、ツムジは何処へ行くんだろうか?


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ネガティブな言葉
 

presented by.悲観的なピエロ
プロフィール

ヘキサカルボニル錯体

  • Author:ヘキサカルボニル錯体
  • 某仏教系大学にて臨床心理学を専攻→卒業。
    音楽や文学でなんとか精神をチューニングしつつ、医療業界の隅っこで生きてます。
    御用の方は☆を@に直してcaramelholics☆hotmail.comまで。

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